夏芙蓉の香り

むせ返るほどの夏芙蓉の甘くて強い香り。そんな強い刺激を欲して、この夏は中上健次千年の愉楽』を行き帰りの電車で手にしていました。疲れきった身体とは対照的に一日の終わりになると覚醒しだす意識を静めるために、強い刺激にはより強い刺激を、と。季節が移り変わりすずしくなった今となってはあの夏の熱っぽさも、夏芙蓉という花そのもののように幻に思えてきます。


中上健次の残り香なのか、家の庭にも酔芙蓉という花が咲いていることを知りました。酔芙蓉は特に強い香りもなく、想像の夏芙蓉という花と比べてみると随分印象が異なりましたが、秋の朝の空気に触れて、すでに大きく花を開いている酔芙蓉の姿を目にすると、毎朝とても清々しい気持ちになりました。それでいて、その色っぽい名前の通り、時間が経つと白色からピンク色に変わっていくのですから、これもまた素敵です。休みの日になると、思い出したように庭に下りては、気にかけたりするようにもなりました。


夏の終わりから今まであれだけ楽しませてくれた庭の酔芙蓉も、一つまた一つと花が咲かなくなってきています。あとどれくらい見られるのか察してみると、少し寂しい気持ちがしてきます。視線をうつすと、足下には彼岸花が咲いています。



千年の愉楽 (河出文庫―BUNGEI Collection)

千年の愉楽 (河出文庫―BUNGEI Collection)