鼠の国

中上健次紀州 木の国・根の国物語』を読む。紀国は木の国であり、木はまた根の国をもつ。根の国は死者が戯れる地下の世界、あるいは鼠の国か。紀伊半島の海岸線に沿って僕の首もくるくると回る。

本著は著者の生まれ故郷でもある紀州での旅を記録したもの。通常のルポタージュのようにノンフィクションとしてみれば、その手法は明らかに不徹底だが、見たものほとんどを小説に結びつけることのできる中上ともなれば、その文章はときに現実よりも生々しくなる。その生々しさが僕を深い根の国へと引きずり込む。

中上健次の本名は「なかがみ」ではなく「なかうえ」。人から呼ばれた「なかがみ」を自らも名乗るようになった。私には冠する苗字がないと語るように、その複雑な血縁関係 は『枯木灘』にも色濃く反映される。彷徨い、えぐる、その姿勢は僕の中で冷えきってしまっていた旅への気持ちを温める。

「円天」詐欺の波和二が逮捕されて話題になっていたのもついこの前のこと。ちょうど尾鷲の章を読んでいるときに、その土地で波が生まれたことを知る。偶然ではあったろうが、紀州という土地と波和二の繋がりは僕には不自然さを感じさせなかった。


紀州 木の国・根の国物語 (角川文庫)

紀州 木の国・根の国物語 (角川文庫)